
2025年1月29日。
野口雨情のもう一つの墓碑がある、東京都小平霊園を訪ねました。
この日は北風の冷たい日でしたが、目黒の自宅から自転車で向かいました。
水道道路をまっすぐに下り、生前、雨情さんが住んでいた吉祥寺も通り過ぎて、関前五丁目の交差点まで来ると、そこから「多摩湖自転車歩行者道」というサイクリンロードが始まります。

そこから小平駅前までは、さらにまっすぐに走って行きます。途中「小平ふるさ村」にて休憩、入園無料の園内には、武蔵野の面影が懐かしく佇んでいました。


約2時間半で小平霊園の入り口に到着。雨情さんのお墓のある32区まで、霊園内もそのまま自転車で走って行けます。
こうしてたどり着いた、野口雨情、もう一つの墓碑は、整然と区画されモダンな、それでいて質素なスタイルでした。抜けるように広がる青空の下、どなたかお参りされたのか、命日のお花が上がっていました。

墓碑には
野口英吉
妻 つる
と刻まれています。
英吉の吉の字は、「吉」(さむらいよし)でした。
モダンなスタイルとは対照的に、松に寄り添うように置かれた趣のある小さな灯籠が目に止まります。これは、雨情さんが生前愛好していた灯籠と「みんなで書いた野口雨情伝」に記述がありました。

その小さな灯籠の後ろに、ちょっと隠すように、小さな箒と塵取りが立てかけてありました。やはり、どなたかが墓地のお掃除をなさっているのでしょう。見ると、敷石もきれいに履き清められていて、冬枯れて枝ばかりとなっている植え込みも形よく剪定されているようです。
右隣と後ろの区画が空いていたので回り込み、墓碑に刻まれた文字を少し読ませてさせていただきました。右側面に、昭和四十年九月 野口存彌 建立とあり、背面の墓誌にも、野口存彌さんのお名前があり、他にも、野口と名字の異なるお名前もあり、このお墓は、野口英吉さんをはじめ、ご親族のプライベートなお墓だと思いました。
それで、この日のお参りは、区画の中に立ち入ることはやめにして、通路から静かに手を合わせてお参りすることにしました。
「没後80年のお墓参り」「没後80年のお墓参り後日談」お読みいただきありがとうございます。
またいつか、こんな風にして、「私の好きな雨情」に、会いに行きたいと思っています。
